蜂の子は日本ではどのぐらい食べられていたの?

現代の日本では蜂の子を食べることはあまりありませんが、物流の発達していなかった時代では、蜂の子は貴重なタンパク源のひとつだったのです。
日本においては、蜂の子はどのぐらいの地域で食べられていたのでしょうか。

1.蜂の子が食べられている地域は多かった

実は日本においては、蜂の子はかなり広い地域で食用とされていたことが分かっています。

1-1.大正期には全国的に食用とされていた

大正8(1919)年の農事試験場特別報告によると、スズメバチの子は全国的に食用として利用されていたと記載されています。
生食、炭火で炙ったものに味噌や醤油で味をつける、鍋に入れて煮込むなど、さまざまな食べ方が紹介されています。

1-2.戦時中には貴重なタンパク源だった

昭和21(1946)年に出版された「文化と昆虫」では、戦時中の食糧不足に対応するため、最も多くタンパク源として使用されていたのがスズメバチの子だったとしています。
上記の資料と同様、全国的に食べられていたといいます。
つまり、日本において蜂の子を食べることは、決して特殊なことではなかったということが分かります。

2.なぜ蜂の子が食べられていたのか

では、なぜこれほど蜂の子が食べられていたのでしょうか。
それは、当時は現在ほど物流が発達していなかったというのが主な要因です。
山間部では海魚の入手が困難で、煮干しや鰹節も簡単に手に入るものではありませんでした。
川で捕れる鮎を出汁などに使っていた地域もありましたが、それでも量的に豊富とはいえません。
そこで、山で捕獲できる野生動物などをタンパク源として使用するしかなかったのです。
蜂の子も、そうした貴重なタンパク源のひとつだったというわけです。

3.まとめ-蜂の子は「山間部の伝統食」

現代の日本において、蜂の子料理が伝統食として残っている地域は岐阜県や長野県、宮崎県などの山間部です。
蜂の子は物流が発達していなかった昔の日本においては、山間部の住民の「ソウルフード」だったのかもしれませんんね。

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